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節分の奈良

節分の買い物メモは「いわし、巻き寿司、豆、(ひいらぎ)」。お正月ほどではないにしろ、何かと気ぜわしい一日となります。

太巻き寿司が節分の食卓に上がることになったのは、我が家では1970年代半ばのこと。当時、日常使いの寿司屋といえば、東寺林町の「自助(じすけ)寿司」さんで、ある年から鬼とおかめの絵が書かれたチラシが節分前に張り出されるようになりました。それまでの節分は鰯と五目豆と粕汁だったのが、桜でんぶの入った豪華な太巻き寿司が登場し、しかも手づかみで丸かぶりして良いというお行儀の悪さも加わって嬉しかったのを覚えています。明治生まれ河内出身の祖父は「家でこんなことしたことなかったな」と言いながらかぶりついていました。

そのころ我が家の庭にはちゃんとトゲトゲしい柊の木が健在でしたので、鰯の頭を指す柊の枝に困ったことはなかったのですが、いつのまにか枯れてしまってからはPAKETさんの鮮魚売り場で配ってくださるサービスに甘えています。しかしながら、なるべく早くいかないと太くて立派な枝を獲得することができませあん。小さな枝だと鰯の頭が重くて支えきれません。午前中に必ず買いものにでかけられるかというとそうとも限らず。こんなに毎年はらはらするなら柊を植えたい。と、毎年一瞬だけ思います。

節分のならまちは大忙し。11時から手向山さんで御田植祭、14時から東大寺二月堂で豆まき、15時から元興寺で豆まき、18時から春日さんの節分万燈籠、19時~興福寺鬼追い式、全部ぐるっと回るには相当な気合が必要。このあたりのあわただしさについては北夏輝さんの小説『恋都の狐さん』に上手にまとめてありますね。私の定番豆まき見物は元興寺極楽坊。お昼になると護摩焚きの煙と匂いが漂ってきて、多くの人がホテルの前を南へと急ぎ始めます。あわてて家族そろってでかけるのですが、護摩焚き、火渡りから豆まきまではちょっと間があるので、極楽坊向いの小川又兵衛商店の店先で、甘酒でも飲もうか、となり、いやもうお酒飲んじゃおうか、となり、豆をゲットするぞ!という気迫は失せてきて、結局、遠巻きに年男、年女の皆様による豆まきをご機嫌さんに眺めるだけになります。帰り道に酔いもさめて寒くなってきて、帰りは春日庵でぜんざいやな、と落ち着くのです。

日が暮れると興福寺で鬼追い式に参戦。東金堂前に設えられた舞台で斧を振り回してウオーウオーと暴れる黒・青・赤の三匹の鬼、あげくに酒盛りまでして、酔っ払い、松明振り回してさらに大暴れ。ご丁寧にずらりと並んだ提灯も明滅して盛り上げる中、いずこからともなく表れた毘沙門天が鬼を調伏。大立ち回りの末、見事に鬼が退治されると、大黒天が小槌をもって登場し福を授けてくださいます。豆まきで大騒ぎしたあとは、心落ち着けて春日の参道で万燈籠の灯を眺めて歩くのです。

そんな節分のお出かけもすっかり遠い記憶となってしまいましたが、我が家にとって一番大切な行事は、真夜中に父が玄関先と鬼門に向かって「福は内福は内、鬼は外」と叫んで撒く豆まき。福は内を二回言うところから始めるのが父のこだわりで、その様子を見て安心して眠りにつきます。今年もこれだけは無事に催行されそうです。

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